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日々これ徒然

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本と酒と私 第二章 チャンドラーとギムレット[前編] (O2E)

「ハードボイルド」と言われて何を思い浮かべるだろうか。

眉が太くて無表情、コートを着てすぐに銃を撃つ刑事、というのが一般的な日本人が考える「ハードボイルド」のイメージかもしれない。
暴力とセックスを前面に押し出した作品が「ハードボイルド物」として売られていた歴史からそうなってしまったのではないか。

個人的にはスピレインや大藪も大好きなのだが、少し悲しい気もする。

本来ハードボイルドとは、キャラクターの性格や設定を表現する言葉ではなく、文体の形式を表現する言葉だ。
登場人物の考えや感情を本文や会話の中で表すのではなく、行動の描写だけで表現する技法である。

それまでは「○○は悲しみのあまり泣き出した」とか「私は相手を脅すために机を叩いた」と書かれていた。
これがハードボイルドの文体では「○○は黙ったまま涙を流しはじめた」とか「私は相手を見つめたまま右手の拳で机を強く叩いた」などとなる。
客観的な動作や状況のみを記述し、感情表現や思考が極力排除される。
読者は前後の文脈と登場人物の言動から、彼らの気持ちを想像する。

これは現実世界と同じと言えるのではないだろうか。
人は、自分の感情や思いを口にし続けたりしない。他人の言動から相手の気持ちを推しはかる。
あるいは粋がった男子の見栄にも通じるのかも知れない。
言い訳をしながら仕事をしない、結果がすべて、背中で語る。
武士は食わねど高楊枝。

そんな文学がハードボイルドなのだと思う。

ハードボイルド文学史上、最も有名な主人公がレイモンド・チャンドラーが創作したフィリップ・マーロウだろう。
そして、最も有名な台詞がチャンドラーの書いた「ギムレットには早すぎる」ではないか。
日本では、原典の小説を読んだことがなくてもこの台詞は知っているという人が多いと思う。
作品のタイトルは「長いお別れ」(The Long Goodbye、1954)。
話の中でどのようにこの台詞が使われるのかは自身で読んで欲しいのでここでは紹介せず、途中までのストーリーを紹介しよう。

私立探偵のマーロウはある夜一人の酔っぱらいの世話をする。
妙に礼儀正しい彼の名前はテリー・レノックスと言い、のちにテリーとマーロウは飲み友達となる。
テリーが好きだったのが、ジンをベースにライム・ジュースを加えたギムレットというカクテルである。

しばらく会わなかった二人だが、深夜に助けを求めて訪れたテリーを、マーロウは理由を聞かずに逃亡させる。
テリーは殺人容疑で手配され、マーロウは警察から厳しい尋問を受けても詳細をしゃべらなかった。
そんなマーロウの元に、テリーから手紙が届く。
それは、もう逃げられないのでこれから自殺する、自分のためにいつもの店でギムレットを飲んでくれ、という内容だった。

ここまででまだ全体の五分の一程度だが、あきらめずに読んで欲しい。
この小説は友情と信念(矜持・行動指針)について書いたものだ、と私は思っている。

2019年06月17日

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