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日々これ徒然

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職人のシェーバー(O2E)

岳父という言葉をご存じだろうか。
夫から見て妻の父、義父に対する尊称である。

私の義父は今は引退したが、かつては和菓子職人だった。
中学卒業後に田舎から東京に出てきて和菓子屋に弟子入りした。
昭和20年代のことだ。
以来60年以上、この道一筋で生きてきた。
弟子入りから10年ほどして結婚すると、東京の郊外に自分の店を開いた。
砂糖や米、小豆などの材料にこだわり、地域の人々に愛される値段で提供した。
2人の娘を育て上げ、送り出し、そして4人目の孫が物心つく頃、体力の限界を感じて店を閉めた。
今は趣味の散歩とスポーツ観戦を楽しみながら、のんびり過ごしている。

数年前、義父が入院した時のことだ。
私は義母と妻を車に乗せ、妻の実家から少し離れた病院に見舞いに行った。
大したことはなくすぐに退院できるとのことで、皆安心した。
しばらく談話室で語り合った後、女性たちは病室の整理や着替えの入替など忙しく働き始めたが、私は手持無沙汰でやることがない。
ふとベッドの横の小机を見ると、電気シェーバーが置かれていた。
義父の誕生日に義姉と妻の二人から贈ったものだ。
私が使っているものと同じメーカーなので、手入れの方法は心得ている。
早速そのシェーバーを手に取り義父に一声かけて洗面台に向かうと、義父は少し困ったような顔をしていた。
普段自分のシェーバーを掃除する時よりも気合を入れて、きれいに掃除してやるぞ。
と、意気込んでシェーバーの上蓋を外すと、中は新品同様にきれいだった。
通常、電気シェーバーの中には剃った後の髭や皮脂など、細かいゴミが残るものだ。
ブラシで擦っても水洗いしても、多少はそのゴミが残りやすいのだ。
しかし義父のシェーバーは未使用であるかのようにゴミがなかった。
普段から相当こまめに手入れしない限り、ここまできれいにはならないはずだ。

その時私は思い出した。
義父が現役の和菓子職人だったころ、へらや箸、蒸篭やふるいなど、すべての道具がきれいに手入れされていた。
義父は職人として、素材にこだわるだけでなく自分が使う道具の手入れにも細心の注意を払っていたのだということを、私はあらためて気付かされた。
私が義父の使う道具の手入れをするなど、おこがましかったのだ。

シェーバーの蓋を閉じて差し出し無言で少し頭を下げると、私の岳父は少し照れたよう笑い顔で、同じく黙って受け取ってくれた。

2023年09月04日

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