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日々これ徒然

essay & opinion

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「会話」(WE)

「会話」というタイトルで考えたのは、自分は会話をどういう過程で習得したのかということです。
生まれたばかりの赤ちゃんは、その段階ではコミュニケーション手段が全くありません。
数少ないコミュニケーション手段として自分にとってうれしいことだったら声を出して笑います。
また「おなかが減った」「おもらしをしてしまった」等のストレスが加わった場合に大声で無く位しかありません。
そして、これらのコミュニケーション手段は周りの人たちに対しての一方的な手段でしかありません。
1人では何1つできないうちはそれでもよいと思われます。
しかし、単純で一方的なコミュニケーションを続けていては自分の考えまで伝えることはできません。
赤ちゃんは一方的なコミュニケーション以上の手段を探し、結果として見つけるものが「言葉」です。
しかし単語や単語の羅列程度の「言葉」ではまとまりがなく、相手に意思を伝えるには時間がかかってしまいます。
そこで再度「言葉」以上のものを探し、その結果「会話」にたどりつくのだと考えられます。
他の人の行動を観察し、一番効率の良いコミュニケーションの方法として考えた結果「会話」を選択したと考えられます。
そして少しずつ、より高度な「会話」の方法を身につけていくのでしょう。
おとなの目からは高度な思考はできないと思われがちな赤ちゃんや子供でも、しっかりとした過程を経て成長していくのだなと考えさせられました。
小さな赤ちゃんや子供の脳でもこれほどのことが可能ならば、大人の脳ならそれ以上のことができるはずです。
そう考えると、人間には無限の可能性が秘められていると考えられます。
「会話」を身に着けることは通常は誰でも自然にできることで、そこから先の可能性も誰にでもあるはずです。
そう考えて頑張って行こう思います。

2018年06月18日

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